No.24336 実際、一人ぼっちです。(愚痴になりますが・・・)重い介護負担。

質問(相談内容)
■ Q :
30代後半、3年前に母を癌で亡くし、今は78歳の父と2人暮らしです。もともと、父はキレやすく頑固で内弁慶、口より先に手が出る様な人で、とにかく母はそんな父を怒らせないように生きてきた感じに見えました。ただ、肝心な事は母が一人で決めてきたので、決断力に欠けていて悪いことがあるとすべて人のせいにします。母が亡くなってから、認知症も始まり、要介護3で、デイサービスにほぼ毎日通っています。でも、そのデイサービスに行くのを毎朝毎晩拒みます。「お前は娘なのに親を見るのが嫌で預けたんだ!」「俺の意見も聞かずに あんなボケたんべいる所に入れやがって!」「車も取り上げて 免許も取りあげて お勝手も電気にしやがって!」「俺がこんな病気になったのも、お母さんが病気の時、おまえが俺の面倒をちゃんと見なかったせいだ!」「通帳も好き勝手しやがって! 死ぬまで怨んでやる!!」これの繰り返しです。お解りかとは思いますが、それぞれ理由があっての事です。仕事から帰って玄関を開けるなり、煙で前が見えない位になっていても、耳と鼻が悪くてガス台が燃えているのがわからないとか、車も事故をしょっちゅう起していて、最終的には相手様に怪我をさせ、こちらも入院し、車も廃車になったから、これ以上様子は見ていられないと説得をしました。そうなったらなったで、どこに行くにも送り迎え。交通の便の悪い所なので大変です。通帳やお財布もしょっちゅう無くすので、これは自ら管理を頼むと言ってきたのに、気に入らないことがあると、「ろくでなし!金返せ!!」と言ってきます。食べる事が一番大変で、まだ 異食こそありませんが、ありとあらゆる食材を食べつくします。いたんで捨てたお肉や犬用のジャーキー、カップラーメンの買い置きを見つけちゃうと、5個でも6個でもあるだけ。ご飯を炊くことは忘れないんです。五合も炊いて終わるまで食べ続け、最近ではしょうゆやソースまで飲みます。毎日のようにスーパーに行けばいいんだ・・・と、買い置きをしないように食べる分だけと思っても、実際大変です。介護認定がでてから、そろそろ一年。仕事をしたいと思い面接してもデイの迎えが来ると逃げたり、ダダをこねるので、時間に制限ができてしまって断られっぱなしで、やっと決まっても、デイから父の具合が悪いから迎えに来て!と電話が入ります。こんな時期なのですぐに切られちゃうんです。病院ではダンピング症候群と言われ、食べ過ぎないようにと言われるだけなので、何度も倒れてそのたびに呼ばれます。以前は、注意してましたが、その度に物を投げつけられ、蹴られ、つねられたり、私が部屋から出られないように物を積まれたり、包丁や裁ちバサミを振り回したり。
ケアマネさんに相談したら、しょうがない、病気だからと言われ、今はやりたいようにしてもらってます。
そのせいか、父を見ると吐き気がします。姉夫婦に相談しても、「転勤や子供の結婚や就職で忙しいから、ごめん、よくやってくれてありがとう、たんたちゃんの良いようにやってくれていいから、たのむね。」といわれ、毎回相談したことを後悔させてくれます。何でも一人で悩んで、決めて、罪悪感と孤独と空虚な気持ちと戦って感謝されることなく、逆に怨まれて、間違えているのかって自問自答しながらも、次の段階に進むべきか悩んでいます。また朝になっちゃいました。でも、ここに来たら、みなさん 何かしら悩んでますね。私だけではないけど、他にも沢山の方がもがき苦しんでると思ってみるけどどこかに消えちゃいたいって思ったりしちゃいます。

注目キーワード(2019年3月26日付)

回答(相談内容に対する回答とお礼)
◆A1 :
読んでいて辛くなりました。大丈夫ですか。事情があって頼りになりそうにないお姉さん夫婦。たんたさんのお姉さんには「時間的」な介護を頼めなくても「金銭的」なヘルプは頼んでもよいのでは。在宅介護でたんたさん自身が生活費を稼ぐのもままならない訳で。せめて多少の援助(金銭など)をお姉さん夫婦から受け取れば。合理的に考えてどうやったら一番お互いにとって楽な介護になるか徹底的に考える。お金ちょうだいって言いにくいだろうけど、これからお父さんが施設入所などになった場合も色々とお金がかかるわけだし。何もかもをたんたさんが背負っていかなくてもいいんです。相談窓口的なところに行ったり電話したりしてますか。自分ひとりじゃどうしようもないんです、助けて!って大きくHELPサインを発信していいんですよ。私は母が入院した際など、様々な方に相談しました。尋ねることで、人から勇気が貰えました。母は施設に入っていますが、精神状態、身体状態が変わる日々です。認知症ではないのですがうちの場合は母と十分な精神的な距離を置かなくては、とてもじゃないけれど関われない。過去には母の激情型気質が頂点に達し、2階に寝ていた私ですが、母が上がってきて私に危害を加えるのではないかと本気で恐れ!ドアに椅子を置いて外からは入れないようにしたり、、、。
たんたさんのお父様の状態もたんたさん一人で支えるのは限界ではないでしょうか。在宅では無理なら施設探しを早急に始められた方がよいかもしれません。実親でも出来る事、出来ない事見極めて。自分を大切になさって下さい。私達同じ世代、周りにはまだ「介護」してる友人は少ないかもしれません。でも絶対一人じゃないよ、たんたさん。ここで皆さんの知恵と勇気を頂いて元気になろうよ。

◆Q :
久しぶりに、声をあげて泣く事が出来ました。泣いても仕方ない事だから、強くならないとと思い、封印してました。姉とは13歳はなれていて、この実家から、2時間位離れたところに住んでいます。子供たちもみんな二十歳を超えて、時間も十分にあると思われます。母の時もそうでしたが、一緒に住んでる子よりも、離れてる子のほうが、かわいいと言うか、会いたいって、遠まわしに言われていたので、何度となく連絡していましたが、3年の闘病中、両手でも余るほどしかお見舞いに来てくれませんでした。そして、お見舞いにもって来てくれた肌着や、タオル等の代金も、葬儀後に請求されました。父が貸しているお金も3分の1は帰ってこないまま、何年も経っていますし、母の少しの貯金もキッチリはんぶんこ。きっと父の財産もキッチリはんぶんこになるでしょう。悪い人とは思いたくないのですが、一緒に住んでみないと分からないことです。この一年で貯金も底をつき、父の年金に手をつけるしかありません。たまに、父の売る喧嘩を買って、凄まじい言い合いをします。思いつく限りの怒号をあびせまくり、最後には「じゃあ早く死ねって言え!この鬼娘!」と言われ、「ではご自分でどうぞ!!」と言うありさま。向こうは病気、こっちは正気。凹みます。そこまで、言い合いながらも、以前唯一買ってくれた木彫りのキーホルダーに 人生いつも笑顔 と自分で彫ってくれたことを思うと、もう少し、もう少しと先延ばしで。でも、やはり遠くの娘の方が優しくて良い子だといい、こんな鬼娘に見てもらう位なら一人がいいといい、ここは俺んちだから出て行け!!と、インシュリン注射器の使用済み針を投げつけて言う始末。最近はベッドの下に刃物を隠していて、私に殺されると思っているそうです。見ない振りして、ベッドの下の紙パンツを回収し汚物にまみれた下着を洗いながら、姉の家庭の幸せを羨ましく思っちゃいます。父には、もう私に対してなんの愛情も無いのでしょうか。ショートは嫌だと頑として言い張ってます。施設に入れる時、やはりかなりの罪悪感とかありましたか?どちらかというと、その罪悪感の方に耐えられないんじゃないかと不安です。

◆A2 :
認知症の診断は受けましたか?ダンピング症候群で片付けられて、認知症としての正しい診断と処方がなされていないように思えますが。認知症で起こる様々な周辺症状は正しい処方とサプリメントなどでも改善されることは介護中の方多くが経験していると思います。穏やかに過ごせるように神経内科や精神科などで再度診察を受けて、ネットなどでもいろいろな介護ブログなどを参考にいろいろなことを試されてはいかがですか。かならず、たんたさんの精神的な負担が軽くなる方法があると思います。

◆Q :
認知症の診断は受けてみました。でも、年相応、脳の萎縮もそれほどでもなく、血栓もそれほどでもなく、でも、何でこんなに・・・と、先生も首を傾げていました。それから何度か通院して、出た結論は、生きる気力が無い。出来るだけ早く死にたいと、心から思っている。ということでした。母の死がそうさせているのでしょうが、本人もたまに口に出して言います。早く逝く為に 薬は飲まないとか、早く逝くんだから 好きなものを好きなだけ好きなときに食わせろとか、新しい服は必要ないとか、とにかくかまうな!!と。高血圧で糖尿心臓も悪く胃も半分以上無いんですが、育ち盛りの男子学生並みに良く食べます。その後は苦しみますが、たまに放置します。これは虐待ですね。でも薬を飲めと言えば、私の目の前燃やしたりします。私たちはやっぱり親子なので、よく似ています。なので、昔からソリが合わない、仲悪いです。母もそれだけが心配と言いながら逝きました。それでも優しくなれないままです。嫌なことも日常だと、普通になってしまって、もっと良くなっていこう!って思わなくなっていくような・・・で、回りのせいにしてずっ愚痴るだけになってきてました。もっとがんばてみます。

◆A3 :
可哀そうに・・溜息が出ました。よく頑張っていますね。私にはあなたのお姉さん以下の兄二人と統合失調症の弟がいます。弟は別として、人間性のかけらもない兄達ですのであなたの悔しさが手に取るように分りますよ。私はもう一切兄達とは関係ないと割り切りました。そして遺産相続の時に「寄与分」を請求しようと。つまり、施設に入所させなかった分、母の財産の減少を食い止めるのに「寄与」した、ということです。たんたさんもお姉さんと半分ではなくて、その「寄与分」を主張してみる事を考えては如何でしょうか。ただ、遺産が多く入るからといっても介護が楽になるわけではありませんよね。相変わらず辛い日々だと思いますが、それでも「半分こ」よりはマシと思うとかで・・。あと、お父さんが暴言を吐こうがもう無視するようにしてはどうでしょうか。そうもいきませんか? なるべくそばに近寄らないとか。ある程度手を抜いて「もうどうでもいいや」ぐらいの気持ちで何とか持ち応えて下さいな。愚痴ならいつでもまた聞きますよ。やり切れなかったらここでどんどん愚痴りましょう。お仲間がいっぱいいますよ。

◆Q :
寄与分、考えてみます。そうでうね、無知でした。ここにきて、いろんな人が介護と問題で苦しんでることを実感しました。日本て・・・そこを思ってみても、今のところどうにもならないんですけど。でも、こうしてみなさんに励まされて、本当に 会った事無いのにこんなに勇気付けもらえるなんて・・・どうしても、父からの感謝の言葉が少しでも聞けたらと、それだけでどれだけ楽になるかと思ったりしましたが、むりなことで。でもそれに変わる励まし、うれしくてたまりません!父からの見返りを期待するうちは、まだまだ未熟者ですね。もう、諦めなければと思いつつ、暴言にも反応してしまって、修行ですね^^;がんばります。

◆A3 :
あなたはまだ30代ですね。ご自分の人生はどうするのでしょうか。30代といえばまだまだこれからです。好きな人と巡り会うかも知れず家庭を持つかも知れません。ずっとそういうお父さんの介護で終わるのでしょうか。そうだとしたら余りにももったいないと思います。あなたは消えちゃいたいと思ったり、お父さんからの見返りを期待したりのようですが当然だと思います。親は子供に見返りを期待してはいけないですが、子供は親に見返りを求めたって構わないと思います。たんたさんのような場合は。そして、子供の人生の犠牲の上に成り立っている親の人生なんて冗談じゃありません。私も人の親ですが、子供達には親なんて捨ててもいいから自分達の幸せを考えなさい、子供が幸せならばそれでいい、親は野垂れ死にしたっていいから、といつも言っています。
そこで、あえて言いたいのですが、家を出る考えはありませんか? つまりお父さんを捨てるということです。
お姉さんはもう子育ても終わり一段落していますね。お姉さんにやってもらうのです。「私はもう疲れたので死にます」とか何とかひと芝居うって、お姉さんが駆けつけて来た時にはあなたの姿は無くお父さんが一人になっていた、そういう状況に出来ませんか? そうなったらお姉さんはお父さんの事をしないわけには行かなくなるでしょう。そしてあなたは取り合えずどこかで住み込みで働き、目鼻がついたらアパートでも借りて仕事を探し、自分の人生をスタートする、と。お姉さんには居所を知らせず、でもたまには電話して「悪いわね、お姉さんの好きなようにしていいから頼むわね」と今度はあなたが言ってみましょう。どうでしょうか。あなたにはそこまでする非情さが無いように思えますので無理かも知れませんね。でも、このままでいいですか? あなたの人生は介護に明け暮れるだけで、貴重な時期を終わらせてしまうのでしょうか。余りにも勿体無いと思います。まだ30代ですよ。30代!色々な可能性があるんですよ。介護地獄のような生活から抜け出すことをお勧めします。あとはお姉さんにやって貰いましょう。そうしてあなたの人生が安定して来て、お姉さんが介護に疲れ果てた頃に改めてお父さんの事を話し合ったらどうでしょか。

◆A1 :
おっしゃる事よくわかります。たんたさん自身がお父さんの介護の日々で自分を失ってしまったら、、、いけない。専門家ではないですが、共依存的な親子関係なのではと感じます。簡単に言ってしまえば、昔から横暴なお父さんから逃れたい、しかし離れられない。囚われてる。でも実際に今たんたさん以外に今お父さんの世話人はいない。うちはまさに共依存関係なので、なるべく母と心の距離を取るようにしています。そのため何年セラピーカウンセリング)に通ったことか。もし、たんたさんの精神も身も持たないと危機を感じるならばやはりお父さんと距離を持たなくてはね。今の状況だと、同居という事でヘルパーさんを使える分野も限られたりしてしまいますね。使える分は使って自分の時間を持った方がいいです。コーヒー一杯外で飲むだけでもいいから。うちの場合、母の独居が難しいと判断し、その時私達は遠方に住んでいましたが夫に転職してもらい実家に戻ってきました。同居は無理とわかっていたので仮住まいで1か月いましたが、ギブアップ。身体は弱っているのに狂気!じみた凄い勢いで罵倒してきたり、精神的にヘトヘト。そしてマンションに引っ越していった私達。
週に2回位顔を出していましたが、入退院を繰り返し、その度に「独居は無理です。一刻も早く施設入居を考えられた方がよい」と医師等から助言され、割合簡単に入居出来た有料老人ホームに入居となりました。母の入居先は入居金を莫大に取るような有料老人ホームではなく、家賃形式で毎月:食費、介護費用、管理費等を支払います。在宅医も訪問して下さり助かっています。きっとお父さんに合った(完璧なところなんて無いですが)施設なども探せるはずなので、今のうちから当たってみたらいかがですか。罪悪感?ありますよ。楽しいひと時でも「母は、、、」と考えます。たんたさん、ご自分のこれからをちゃんと見据えて行動した方が良いですね。どうしたって罪悪感はつきまといます。自分の人生を自分で守らなくて誰が守るのですか。お父さんの側でただひたすら耐えるのが愛情ではないはずです。

◆Q :
共依存的な親子関係・・・まさに、です。お互い、母が居たころは、母にべったりでした。黙って何でもしてくれる、懐の大きな母でしたので、居なくなった今父のちっちゃさにあきれて、父から見れば私はなんて使い勝手が悪い、気の利かない娘なのかと・・・。お互いに頼れる人を亡くして、代わりにさせようとしてる感じです。囚われている・・・私としては、極 微量の尊敬というか・・・。仕事一筋で定年までがんばってくれたから、今の私がこうしていられるというか・・・複雑ですが。私は近々一文無しですが、父にこれからかかる分は余裕はありませんがやっていけるので、ある意味幸せです。今晩、姉に責任を少し預けてみようと思っています。その結果で今月中に動きが変わるかなと。何だか、変です。楽になっちゃっていいのかな!?なんて思っちゃうんです。そうなりたかったのに・・・変ですね^^;。できるなら、今すぐにでも出て行きたいですが、あても無く、資金もなくて。

◆Q :
できるなら、今すぐにでも出て行きたいですが、あても無く、資金もなくて。自分も心の準備します!あ姉に今月中に父に施設へ入所を説得してほしいと振ってみました。結果、相変わらず、どこまでいっても、人任せでした。「どうやって説得したら良いか分からない。どう言えばいいの?」「どんな施設にいれたいの?」「そんなに、もう駄目なの?お父さん。」と。最後の言葉に、間髪要れずに 私がもう駄目なの!!と、声を荒げてしまいました。気付いたかどうかはわかりません。その次の瞬間には電話を切ってしまいましたから。でも、もう、決めました。まずは、幼稚かも知れませんが、父からお給料を貰います。24時間勤務です!どれだけ自分が割り切れるかわかりませんが。着かず離れず、自己中でいいかげん位にやってみます。いきなり乱暴かもしれませんが、楽になりたいです。その後にどんな状況が待っているかはわかりません。その時はその時、また考えます。投げやりに思われるかも知れませんが、かなり前向きです。一人ぼっちで苦しくて苦しくて仕方なくて、誰にも何にも言わずに消えてしまっても・・・と 思うくらい落ちていました。反動でしょうか。この数日で、少し気持ちの置き場所を変えるきっかけを皆さんにいただきました。それと、このサイトを読んでみて、まだまだ私なんて恵まれているのではと、思えるくらい皆さん大変な思いを抱えて頑張っていらっしゃいますね。一人というハンデも、ここで解消されたのかも知れません。本当に感謝します。

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